USBバスパワー真空管式ヘッドフォンアンプの研究
1: USB2バスパワー規格、5V500mA(2.5W)で駆動する真空管式ヘッドフォンアンプを作ろうということで
実現可能か検討してみます。使用する真空管は電池管と呼ばれる電池式ラジオに使用された球です。この
種の球は補修用にしか需要がないので流通量が少ないのですが入手できそうな球の規格を調べますと次
のとおりです。
3Q5GT ヒータ:1.4V 0.1A、 プレート+G2:90V 9.5+1.3=10.8mA 出力270mW
1S5 ヒータ:1.4V 0.05A プレート+G2:67.5V 1.6+0.4=2mA
消費電力:(1.4*0.1+90*0.0108+1.4*0.05+67.5*0.002)*2=2.634W
規格上の消費電力では2.5Wを上回るのですが出力管の電流を絞れば何とかなりそうです。実現の可能性
があるので詳細に検討してみます。
・USBDAC部分
USB端子から電源だけをとるのでは芸がないのでUSBDACを搭載します。今回は入手容易でパソコン側に
ドライバーのインストール不要ですむ「PCM2704」を使用します。このICの消費電流は30mAですので残り
470mA。
・ヒーター用電源部分
本来は1.5Vのマンガン電池を電源として使用する事を想定しているので1.5Vから次第に電圧降下しても
動作する事が期待されます。ですので規格の1.4V以下に設定して消費電力を節約する選択もありますが、
実用回路ではアンプの残留雑音を減らすためヒータにはチョークを直列にいれますので1.4Vで検討します。
5Vを1.4Vに降下する回路が必要となりますが、降圧型スイッチングレギュレータICを使えば簡単に高効率
の物を作ることが出来ます。この用途は最近のロジックICが1V代の低電圧を必要とする為品種が豊富です。
各社のデータブックを眺めると大体効率80%以上で変換できるようです。
(1.4*0.1+1.4*0.05)*2*1.25=0.525W I=105mA
ヒータ部分で105mA消費するので残り365mA。
・B電源部分
+Bの電圧は90Vとします。電圧増幅管は抵抗負荷ですので60V代のプレート電圧を実現する為にも90Vは
必要です。5Vから90Vに昇圧するスイッチングレギュレータの効率は80%は少々きつく75%程度ですので、
残り電流から得れる電流を計算すると
((5*0.365)/90)*0.75=15.2mA
となり、チャンネル当たりの電流は半分の7.6mAです。電圧増幅部の消費電流を1mAとすると出力管には
残りの6.6mA程度供給できます。出力部の効率を30%程度想定すると170mW程度の出力が期待できます。
・その他消費部分
電池管のヒーターは点火しても殆ど見えないのでパイロットランプが必要です。高輝度型青LEDを使用して電流
1mAと節約して使います。さらにバイアス用の-C電源も2mA程度消費します。
2:以上をふまえ実際に製作してみました。新規開発部品はつぎのとおりです
・USBDAC電源基板:PCM2704搭載し音声出力、90V(+B)、1.4V(ヒータ)、−8V(−C)の電圧出力
・10K−55Ω 出力トランス:各種インピーダンスに対応、グリッド帰還に対応した位相特性
本機特有の特徴は全段直熱管であることです。この為、1)自己バイアス回路が使えない、2)カソード帰還ができ
ないという2点が通常の回路と異なります。1)の対策は全段固定バイアスにしておのおの調整することです。煩雑
になりますが有効な対応策が思いつきません。電圧増幅管だけでも無調整にできないか検討しましたが真空管の
バラツキが大きく断念しました。2)の対策は電圧増幅管のグリッドに帰還します。この為、出力トランスの1次:2次
の位相関係を逆相にしてあります(従来2段増幅用、3段増幅用として説明された内容です)。副作用として入力イン
ピーダンスが低下しますので対応が必要です。本機では入力部分のレベル調整ボリウムを10Kとしてグリッド入力の
インピーダンスを下げ対応しました。PCM2704の音声出力はヘッドフォン用ですのでカップリングコンデンサーの容
量を大きくすることで対応可能で、AUX入力は10K負荷となります。AUX入力は47K負荷にしておけばほぼ問題が起
きないのですが、最近の機器の出力インピーダンスは低いものが多数ですので10Kとしました。
ヘッドフォンアンプ特有の問題として3)多様なヘッドフォンインピーダンスに対応する事、4)残留ノイズの低減が
あります。3)は本機は出力がしょぼいのでインピーダンス合わせ込みが必要です。ヘッドフォンインピーダンスを調
べると16〜75Ωの間に多くがあるようです。この範囲以外には超高級品が多いようですので多分使用されな思い
対応から除外しました。新規開発出力トランスでは8(スピーカ用)、20,34、55Ωの出力タップを設けました。ロータリー
SWで切り替えて使用します。4)はヘッドフォンで100μV以下、イヤフォンではさらに低い値が必要です。本機は直熱管
なのでヒータからのノイズは入力信号と同等になります。そこでヒーターにはチョークを入れてノイズ低減を図りました。
+B電源からのノイズも気になる所ですがここにチョークとコンデンサーを投入するとUSB接続時の突入電流が増大
するので必要最小限にとどめました。結果、60μV程度の残留ノイズになりました。聴感上は「サー」という音でヘッドフォン
では聞こえませんがイヤフォンでは聞こえます。なお、かなりの低レベルの問題なので真空管はもとよりセットをかるく
触るだけでもキーン、コーンといった電極振動による音も聞こえますが対応策はありません。
蛇足ながら出力トランスはむき出しなので周囲にAC100を使用したトランスなどの誘導があるとブーンというハムを
発生します。また1S5にはシールドケースが必要です。
3:USB接続について。これについてはいろいろ問題があり最悪つながらないかもしれません。その時は外部電源付
のUSBハブを使用すれななんとかなると思うのですが現段階では未実証です。「USB電源不足」等のキーワードで検索
するといろいろ出てきます。
接続の際の問題点は5)接続時の突入電流、6)接続初期時の電流、7)接続完了時の定常電流、8)再起動時(スリープ
状態からの立ち上がり)等が考えられます。
5)接続時の突入電流はUSB+5Vに接続できるコンデンサー容量は10μF以下が望ましいらしいのですが現状は
21μFです。さらに起動と同時に各電源が動作開始しますので電流は増加し続けます。
6)接続初期時の電流は100mA(150mA?)です。パソコン側がUSB機器の接続を確認するまでは500mAはとれず
100mAが本来のUSB規格です。本機では主に90V平滑用の39μFのコンデンサーをチャージUPする為ピーク1A
程度まで流れます。ここでパソコン側から電源を遮断されると立ち上がらなくなります。ノートパソコンでは電源に対して
厳しいですので起動出来ないこともありそうです。PCM2704のSSPEN(Suspend flag)信号で1.4VのレギュレータIC
を制御すればUSB機器の接続を確認まで真空管に電流が流れませんのでピーク電流を抑圧することが出来ます。ただ
この機能を使うとUSB機器に接続しないと動作しないのでパソコンに接続が必須になります。USBコネクタに電源たけ供給
する構成では動作しません。この機能はジャンパーピンを刺すことにより機能します。
7)接続完了時の定常電流はいままで都合の良いことを書いてきましたが規格上は5V±5%ですので最低4.75Vに
なります。また実際のUSBDAC電源基板には保安部品としてポリスィッチ(−0.2V)、ショトキーダイオード(−0.5)が
搭載されています。そうしますと基板に供給できる電圧は4.05V程度に低下します。ここまで低下しても問題なく動作
しますが電流は700〜800mAに増加します。ここまで消費電流が増大すると電源を遮断するパソコンもありそうです。
そのときはUSBハブを使用するか出力低下覚悟で出力管の電流を少なくするかになります。
ポリスィッチはDC-DCコンバータのFETが短絡破壊したとき過大な電流を流れるのを防止する役目を負っています。
ヒューズの代用で絶対必要です。ショトキーダイオードは90Vラインが製作中にヒータやDAC部分に接触したり、真空管
の管内放電(発生するかは不明)からパソコンを守るために入れてあります。必要性は絶対ではないのですが、動かない
パソコンがあるよりパソコンが壊れたの方が怖いので入れました。ショトキーダイオードといえども100V耐圧となると電圧
降下も大きく正直痛いです。
8)再起動時に発生する問題については未検討です。
4:以上まとめると、USBバスパワー真空管式ヘッドフォンアンプは製作可能だがUSB認証は得られない(すべてのUSB
端子で動くわけではない)。特にノートPCでは外部電源のUSBハブ使用を考慮する必要がある。ヘッドフォンは問題なく
使用できるがイヤホンでは残留ノイズを多少我慢する必要がある。
Ver1.0 2012・01.07